2019年8月2日金曜日

資本論 第3巻(資本主義的生産の総過程)⑧ 第七篇 諸収入とそれらの源泉

『資本論』カール・マルクス著(第三巻 資本主義的精算の総過程)
 岡崎次郎訳 大月文庫
原則「 」は本文引用、( )は小生補記

第七篇 諸収入とそれらの源泉
ピース
(「資本論」の第一部は「資本の生産過程」第二部は「資本の流通過程」と名付けられている。「資本主義的生産の総過程」と名付けられている第三部の最後の篇である第七篇「諸収入とそれらの源泉」でのポイントは、諸収入つまり、労賃、利潤、地代の源泉は、それぞれ別々に、労働力、資本、土地であるという考えは誤りであって、収入の源泉はただ一つ、労働であるということである。しかし、この最終篇は、単にその名称通りの項目の説明ではなく、それまで展開していたマルクスの経済理論と、第一部と二部においてその都度の論の進み具合に応じて記述されていた歴史観と社会批判とを、この最後の篇において纏めてあるように思える、と同時にマルクスがこの篇で主題にしたかったのは恐らく階級社会についてであったのだと思う。つまり、西欧近代以降に人類がはじめて気づいた自由という普遍的価値が、次第に共有されて実現していくはずであったにもかかわらず、19世紀における最先進国だったイギリスにおいてさえも、物質的配分についても人権の尊重についても著しい格差が存在するということ、この篇に即して言えばすべての人にとって収入の源が同一であるにもかかわらず賃金労働者、資本家、土地所有者という三大階級が存在するということの理由を主題にしたかったのだと思う。しかし、最後の五十二章「諸階級」の書き始めのところで絶筆となっている。)

第四十八章 三位一体的定式
(それまで展開していたマルクスの経済理論と、その都度の論の進み具合に応じて記述されていた歴史観や社会批判のポイントが述べられているとともに、諸収入は地代と利潤と労賃という三位一体から成るという古典派経済学の誤った定式が提示される)
〔以下の断片は第六篇のための原稿の所々にあったものである〕とエンゲルスは述べている。その断片はⅠ、Ⅱ、Ⅲの項目に分けられているが、一言で言えば次のようなことである。
資本と土地と労働から、それぞれ利潤(企業者利得と利子の合計)、地代、労賃という形態で、それぞれ資本家、地主、労働者の収入が、あたかも自然に与えられているものとして把握されている。ブルジョワ経済学・俗流経済学者はそのように把握している。しかし、この三位一体的形態は「社会的生産過程のあらゆる秘密を包括している形態」である。つまり、利潤と地代と労賃の合計の価値は労働者の労働によってもたらされた価値と等しいのに、俗流経済学者たちは利潤も地代も資本家と地主にとっての当然の収入として理解しているのは、資本主義社会における社会的生産関係の秘密が理解できないからである、と。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(ここからこの四十八章の書き出しが始まる。その内容は基本的に第一部から三部までに述べられていることの再提示であるが、以下に要点をなるべく短い命題の形で箇条書きにしてみた。)
・資本主義的生産過程は社会的生産過程一般の歴史的に規定された一形態である。
・社会的生産過程は、人間生活の物質的存在条件の生産過程であるとともに、特定の経済的社会形態を生産し再生産する過程でもある。
・剰余労働は、資本が等価なしで手に入れるものであり、どんなにそれが自由な契約的な合意の結果として現れようとも、その本質から見ればやはり強制労働なのである。
・剰余労働は剰余価値において現れ、この剰余価値は剰余生産物において存在する。
・剰余労働一般は、与えられた欲望の程度を越える労働としては、いつでもなければならない。
・資本主義的制度や奴隷制度などのもとでは、剰余労働はただ敵対的な形態だけを持つのであって、社会の一部分の全く不労によって補足される。
・一定量の剰余労働は、災害に対する保険のために必要であり、欲望の発達と人口の増加とに対応する再生産過程の必然的な累進的な拡張のために必要である。
・再生産過程における必然的で累進的な拡張は、資本主義的立場からは蓄積と呼ばれる。
・資本の文明的な面の一つは、資本がこの剰余労働を以前の奴隷制や農奴制などの諸形態のもとでよりもより有利な仕方と条件のもとで強要するということである。
・社会の現実の富も、社会の再生産過程の不断の拡張の可能性も、剰余労働の長さにかかっているのではなく、その生産性にかかっている。
・自由の国は、窮乏や外的な合目的性に迫られて労働するということがなくなったときに、はじめて始まる。
・未開人は、自分の欲望を充たすために、自分の生活を維持し再生産するために、自然と格闘しなければならないが、同じように文明人もそうしなければならない。
・自由は、自然必然性の領域の中では、人間性に最もふさわしく最も適合した条件のもとで、力の最小限の消費によってこの物質代謝を行うということにおいてのみあり得る。
・この必然の国の彼方で、自己目的として認められた人間の力の発展が、真の自由の国が、始まる。
・真の自由の国は、必然性の国をその基礎としてその上にのみ花を開くことができるのであり、労働日の短縮こそは根本条件である。
・資本主義社会では、剰余価値は、資本家たちの間で、社会的資本のうちから各資本家に属する持ち分に比例して、配当として分配される。
・資本主義社会では、剰余価値は資本の手に入る平均利潤として現れ、平均利潤は企業者利得と利子とに分かれる。
・資本は、剰余価値および剰余生産物に表される剰余労働を直接に労働者から汲み出し、土地の所有者は剰余価値の一部分を資本家の手から地代という形態として汲み出す。
・労働者は、自分自身の労働力の所有者および売り手として、労賃という名のもとに生産物の一部分を受け取る。
・労賃には必要労働が現れている。必要労働は、条件が貧弱か豊かとか有利とか不利とかにかかわらず、労働力の維持と再生産に必要な労働である。
・資本家にとっては資本が、土地所有者にとっては土地が、労働者にとっては労働力が、利潤、地代、労賃という独自な収入の三つの違った源泉として現れる。
・労働の価値は、利潤、地代、労賃という形で固定される。この固定が労働の価値を収入という形に転化する。
・賃労働が労働の社会的に規定された一形態として現れるのではなくて、全ての労働がその性質上賃労働として現れるように見える。
・労働および労働の価値は社会的形態にかかわらず普遍的なものであり、したがって労働の条件もまた労働および労働の価値に則して普遍的なものである。(煩雑なマルクス言い回しを、端的なテーゼとして取り出してみた)
・労働から疎外された労働条件の姿は、生産された生産手段および土地の定在およびそれらの機能と一致する。
・労働一般と賃労働との一致が自明のように見えるなら、資本も独占された土地も労働一般に対立して労働条件の自然的形態として現れる。
・労働そのものが関係するのは素材的実体における生産手段である。
・生産手段は使用価値としてのみ区分される。生産手段のうち土地は生産されたのではない労働手段として、その他のものは生産された労働手段として区分される。
・賃労働と労働一般とが一致するならば、利潤や地代も労働には依存しない固有の源泉、すなわち資本の素材的要素と土地から生ずるものでなければならなくなる。(労賃は自分の労働の価値の一部分に過ぎず、他の部分は利潤や地代となっている、の言い換え)
・引用50:「賃金、利潤、地代は、全ての収入の三つの本源的な源泉であり、また全ての交換価値のそれでもある。」(アダム・スミス『国富論』)
・資本主義的生産様式では、社会的な諸関係を商品に、さらに一つの物である貨幣に転化させる。
・資本主義的生産様式における直接的生産過程においてでさえ、労働の全ての社会的生産力が、労働そのものではなくて資本に属する力として現れる。
・資本の流通過程こそは、元来の価値生産の諸関係が全く背景に退いてしまう部面である。商品に含まれている価値も剰余価値も流通過程で実現されなければならず、したがって、それらがこの部面から発生するように見えるからである。
・商品に含まれている剰余価値が流通から発生するように見えるのは、一つには、譲渡のさいの利潤が詐欺や奸策や専門知識や技能や無数の市況依存しているからであり、次には労働時間以外の規定的な要素としての時間すなわち流通期間のためである。
・流通の部面は、各個の場合を見れば競争という偶然の部面であるから、この偶然を規制する内的法則は、この偶然が大量に総括されてはじめて見えるようになる。従って、生産の当事者たちには貫かれている法則は何も見えない。
・現実の生産過程は、直接の生産過程と流通過程との統一としていろいろな新たな姿を生み出し、従ってますます内的な関連の道筋は見えなくなり、いろいろな生産関係は互いに独立しているように見えて、価値の諸成分は互いに独立な形態に(企業者利得、利子、地代として)骨化する。
・剰余価値の利潤への転化は、生産過程によって規定されているとともに流通過程によっても規定されている。
・剰余価値は、利潤という形態では、もはや、それの源泉である労働に投ぜられた資本部分にではなく総資本に関係させられる。(ここではすでに資本は物質的なものから社会関係的なものへと変態を遂げつつある)
・利潤率は固有の諸法則によって規制され、この諸法則は、剰余価値率が変わらなくても利潤率が変動することを許し、またこの変動を引き起こしさえもする。(固有の諸法則とは、本質を隠蔽しながら現実に人々をして従わざるを得なくする規制だろう)
・すべてこれらのこと(直前の二つのテーゼ)は、剰余価値の真の性質を、従ってまた資本の現実の機構を覆い隠す。
・(上記テーゼに加えて)さらに、利潤が平均利潤に転化し、価格が生産価格、すなわち市場価格の規制的平均価格に転化すれば、なおさらそれ(隠蔽)はひどくなる。
・企業者利得と利子への利潤の分裂は、剰余価値の形態の独立化を、剰余価値の実体あるいは本質に対する剰余価値の骨化を、完成する。
・利潤の一部分は、利潤の他の部分に対立して、資本関係そのものから引き離されて、資本家自身の賃労働から発生するものとして現れる。
・(上記テーゼに対立して)次には利子が、労働者の賃労働にも資本家自身の労働にもかかわらない、自分固有な独立な源泉としての資本から発生するように見える。
・資本が最初は、流通の表面で価値を生む価値として現れ、今では利子生み資本という形でその最も疎外された独特な形態にあるものとして現れる。
・「資本-利子」という形態は、「土地-地代」および「労働-労賃」に対する第三のものとしては、「資本-利潤」よりも本質的表現である。
・(利潤という言葉には、資本家も才覚を用いて働いて利を得る、という剰余価値の起源つまり労働を思わせるニュアンスが残っているが、利子にはそのニュアンスはないどころか、高利貸しなどとして労働と対立する形態になっている。)
・ここまでで剰余価値の独立な源泉としての資本については明確になったが、最後に土地所有が平均利潤の制限として、剰余価値の一部分を地代という形態で土地所有者という一階級へ引き渡すものとして現れる。
・地代は自然要素である土地に結びついているように見えるので、剰余価値のいろいろな部分の相互間の疎外と骨化は完成されており、内的な関連は引き裂かれている。
・(土地の所有が収入の源泉になっているという意識においては、剰余価値の本来の源泉である労働というものは完全に埋没させられている)
・資本-利潤、またはより適切には資本-利子、土地-地代、労働-労賃という経済的三位一体では、資本主義的生産方式の神秘化、社会的諸関係の物化、物質的生産諸関係とその歴史的社会的規定性との直接適合性が完成されている。それは魔法にかけられ転倒され逆立ちした世界である。
・俗流経済学は、一切の内的関連の消し去られている三位一体のうちに、一切の疑惑を超えた基礎を見いだす。
・この三位一体の定式は支配的諸階級の利益にも一致している。なぜならば、それは支配的諸階級の収入源泉の自然必然性と永遠性の正当化理由となるからである。
・「以前のいろいろな社会形態では、この経済的神秘化は、ただ、主に貨幣と利子生み資本とに関連して入ってくるだけである。<中略>資本主義的生産様式においてはじめて・・・(エンゲルス:ここで原稿は中断している)

第四十九章 生産過程の分析のために
(諸商品の価値は結局、三つの独立した収入源である地代と利潤と労賃に分解できるというアダム・スミス以来の古典派経済学による生産過程の分析理論が誤りであることが示される。その根拠については既に第一部と二部によって述べられているが、簡単に言えば、地代と利潤と労賃が商品価値の源泉であるなら、収入すなわち消費には含まれないが再生産には必須である生産手段を購入するための収入としての価値の源泉がどこに存在するのかも、またその生産手段という商品を生産するための労働力がどこに存在するのかも説明できないからである。たとえば、「不変資本として現れるものは労賃と利潤と地代とに分解できるが、労賃と利潤と地代とがそのなかに現れる商品価値はそれ自身また労賃と利潤と地代とによって規定されており、こうして無限にこれが繰り返されていく、というわけである。」と記述されているように。
マルクスとしては、誤った理論に基づく政治や経済を理解しようとするには動機があるとも言いたいのだろうが、はっきりしていることは、そのことによって社会の階級関係もその階級関係を再生産するからくりも隠蔽されるということだろう。
「要するに、ここで提起されている問題は、既に社会的総資本の再生産の考察にさいして、第二部第三篇(社会的総資本の再生産と流通)で、解決されているものである。われわれがここでこの問題に立ち返るのは、第一には、前のところでは剰余価値がまだ利潤と地代というその収入形態では展開されていなかったからであり、したがってまたそれをこれらの形態で取り扱うことはできなかったからである。また第二には、まさにこの労賃、利潤、地代という形態には、アダム・スミス以来全経済学を一貫している信じられないような分析上の大間違いが結びついているからである。」
そういうことなので、以下に要点をなるべく短い命題の形で箇条書きにしてみた。)

・利潤と地代は、実現された剰余価値であり、したがって、一般に、商品の価格に入る剰余価値である。
・(収入の第三の独特な形態をなしている労賃は、労働者から見れば収入のように見えるかもしれないが、可変資本という資本の一成分である。)
・収入の支出にさいして支払われる労働は、それ自身、労賃や利潤や地代によって支払われるのだから、その労働の支払いに用いられる商品価値部分を形成するものではない。
・年間生産物の価値のうち、一年に新たに付け加えられる彼の労働を表す部分は、可変資本の価値プラス剰余価値に等しく、この剰余価値がさらに利潤と地代という形態に分割される。
・年間生産物の価値のうち労働者が一年間につくりだす全価値は、三つの収入の年間価値総額に、労賃、利潤、地代の価値に、表されている。それゆえ年間生産物価値のうちには不変資本部分の価値は再生産されていない。
・労賃はただ生産に前貸しされた可変資本部分の価値に等しいだけであり、また、地代と利潤は、不変資本の価値と可変資本の価値の合計に等しい前貸し資本の総価値を超えて生産された価値超過分(剰余価値)に、等しい。
・商品の価値の源泉が地代と利潤と労賃の合計とすれば、二つの困難が生じる。一つは、年間の収入の合計は年間の商品の合計よりも、年間の不変資本の消費分だけ不足すること、もう一つは、この年間の不変資本の消費分を現物で生産する労働が存在しなくなること、である。
・(不変資本のうちの固定資本分は、労働の二重性によって価値の移動がなされることとは別に、不変資本分の年間消費は発生するから、収入にてこれを賄わなければならないのだが、商品の価値の源泉が地代と利潤と労賃であるとすれば、すくなくともこれは不可能となる)
・年間商品生産物の価値は、前貸不変資本の価値を補填する成分A(生産手段としての生産物価値)と、労賃、利潤、地代として収入の形態をとって現れる成分B(消費手段としての生産物価値)の二つの価値成分に分解される。
・上記成分Aは収入の形態をとり得ない、不変資本の形態で還流するという限りにおいて資本に対立する資本の形態である。
・上記成分Bは、その三つの形態が収入という共通の形態を持っているが、利潤と地代には剰余価値すなわち不払い労働が表され、労賃には支払い労働が表される、という点においてその内部に対立を持っている。
・上記成分Bのうちで労賃の形態に転化する資本すなわち可変資本は二重に機能する。第一には資本として労働と交換され、第二に労働者の収入となって生活手段に転化される。
・総収益または総生産物は、再生産された生産物全体であり、その価値は前貸しされて生産に消費された不変資本と可変資本との価値に、利潤と地代すなわち剰余価値を加えた価値に等しい。
・総収入は総収益から、前貸しされて生産で消費された不変資本を補填する部分を差し引いたもので、賃金と利潤と地代の合計に等しい。
・純収入は総収入から労賃を引き去った後に残る剰余生産物であり、利潤と地代に分解できる。
・社会全体の収入を見れば、国民的収入=労賃+利潤+地代なので総収入から成っており、純収入ではない点においては資本家的立場に立った理解である。
・諸商品の価値は、結局は残らず諸収入に、つまり労賃と利潤と地代とに分解するというというのは、アダム・スミス以来全経済学を一貫している馬鹿げた説である。
・商品の価値の源泉は、地代、利潤(企業家利益+利子)、労賃であるという、根本的に間違った説を唱える理由は要するに以下のようなものである。
(1)   「不変資本と可変資本との根本関係、したがって剰余価値の性質、したがってまた資本主義的生産様式の全基礎が理解されていないこと。」
(この章について言えば、労賃と利潤と地代という三つの収入源泉を合計した価値総額で、これにもう一つ余分な価値成分である不変資本を含んでいる商品を買うことはできない、と言うことが理解されていない。)
(2)   労働は、新たな価値を創る能力の他に、古い価値(生きている労働の価値に対比されている死んだ労働の蓄積である固定資本に代表される)を移動させる、あるいは新たな形態で保存する、という能力を持っていることが理解されていない
(3)   「再生産過程の関連が、個別資本の立場からではなく総資本の立場から見た場合に、どのように現れるか、ということが理解されていないこと。」
(理解されていないことによって発生するいくつかの困難があげられているが、いずれも重複した説明の繰り返しに見えるので省略する)。
(4)   「さらにもう一つの困難が加わってきて、それは、剰余価値のいろいろな成分が互いに独立ないろいろな収入の形で現れるようになれば、いっそうひどくなるのである。」
(5)   剰余価値が別々の、互いに独立した、それぞれ別々の生産要素に関連する収入形態すなわち利潤と地代に転化するということによって、もう一つの混乱が起きる。」
・「困難のすべては次のことから生じる。・・・(以下の記述は、第一部から三部のなかで、マルクスの主張に対する俗流経済学者の無理解の記述がほぼ繰り返されているので省略する)」

第五十章 競争の外観
(省略)

第五十一章 分配関係と生産関係
(ここで述べられていることを一言で言えば、分配関係は生産関係と同じことである、というものである。なぜそうなのかという理由は、すべて既に述べられたことではあるが、本文の引用を中心に箇条書き風に羅列してみた。)

・「こういうわけで、年々新たに付け加えられた労働によって新たに付け加えられる価値は、<中略>三つの違った収入形態をとる三つの部分に分かれるのであって、これらの形態はこの価値の一部分を労働力の所有者に属するもの、一部分を資本の所有者に属するもの、そして第三の一部分を土地所有権の所有者に属するものとして、または彼らのそれぞれの手に落ちるものとして、表しているのである。つまり、これらは分配の諸関係または諸形態である。なぜならば、それらは、新たに生産された総価値がいろいろな生産要因の所有者たちの間に分配される諸関係を表しているからである。」
・「普通の見方にとっては、これらの分配関係は、自然的関係として、あらゆる社会的生産の本性から生じ人間的生産そのものの諸法則から生ずる関係として、現れる。」
・どんな社会においても労働は二つの部分に区分できる。つまり生産者やその家族が生存するに必要な生産物を生産する労働と剰余生産物を生産する労働である。
・剰余労働が生産する剰余生産物は一般的な社会的欲望の充足に役立つものであって、剰余生産物の配分様式や形態の相違が問題となるのは、誰が欲望の充足をすることができるかが問題となる社会においてだけであるから、分配の問題は歴史的には無視されてきた。
JS・ミルのようにより批判的な意識は、分配関係の歴史的発展形態は承認する。しかし、生産関係については、人間の本性なのだから不変であると、その不変性に固執する。
・資本主義的生産様式の科学的な分析は次のことを証明している。
*ある特定の生産様式は、社会的生産力とその発展形態の段階を自分の歴史的条件として前提している。
*資本主義的生産様式は、どんな生産様式とも同様に、特別な種類の、独自な歴史的規定を持つ生産様式である。
*この独自な歴史的に規定された生産様式に対応する生産関係は、一つの独自な、歴史的な、一時的な性格を持っている。ここで生産関係とは「人間が彼らの社会的生活過程において、彼らの社会的生活の生産において、取り結ぶ関係」である。
*「そして最後に、分配関係は本質的にこの生産関係と同じであり、その反面であり、したがって両方とも同じ歴史的な一時的な性格を共通に持っているということ。」
・年間生産物が労賃、利潤、地代として分配されるという捉え方は間違いであって、生産物は二つに分かれて、一方では資本となり他方では収入の形態で戻ってくるのである。
・労働条件および労働生産物一般が資本として直接生産者に相対するのだから、そのような生産過程には労働者に対する物的労働条件についての社会的性格が反映され、労働者と労働条件の所有者や労働者同士の関係が反映されている。
・労働条件の資本への転化は、資本自身や生産者からの土地の収奪を含み、したがってまた土地所有の形態を含んでいる。
・もし生産物の一方の部分が資本に転化しないのであれば、他方の部分も労賃、利潤、地代という形態をとりはしない。
・資本主義的生産様式は、物質的生産物だけではなく、物質的生産物が生産される生産関係を絶えず再生産し、したがってまたこれに対応する分配関係も絶えず再生産する。
・資本は本源的蓄積に関する章(第一部第二十四章)で展開された諸関係を前提している分配関係は、生産条件そのものにもその代表者たちにも特殊な社会的性質を与える。
・生産関係に対立させた分配関係に一つの歴史的な性格を与えようとする場合、その分配関係は、生産物のうちの個人的消費に入る部分に対するいろいろな権利を意味している。
・資本主義的生産様式を際立たせるものは、次の二つの特徴である。ひとつは、この生産様式はその生産物を商品として生産することであり、もう一つは、生産の直接目的および規定的(生産関係によって規定されている)動機としての剰余価値の生産である。
・商品としての生産物の性格と、資本の生産物としての商品の性格とは、すでにすべての流通関係を含んでいる。
・商品としての生産物の性格と、資本の生産物としての商品の性格からは、「価値規定の全体が、また価値による総生産の規制が生ずる。<中略>ここでは価値の法則は、ただ内的な法則として、個々の当事者に対しては盲目的な自然法則として、作用するだけであって、生産の社会的均衡を生産の偶然的な諸活動(=競争の下で相対しながら、商品の所有者たちがとる諸活動)のただ中を通じて維持するのである。」
・資本は本質的に資本を生産する、というのはただ、資本が剰余価値を生産する限りのことである。
・価値と剰余価値とのための生産は、費用価格低減の衝動を生み、労働の社会的生産の増大をもたらす最も強力な槓桿(=梃子)である。
・資本家が資本の人格化として直接的生産過程で持つ権威は、奴隷や農奴などによる生産を基礎とする権威とは本質的に違うものである。
*資本主義的生産の基礎の上では、資本家は、厳格に規制する権威の形態をとって、また労働過程における階層性として編成された社会的な機構の形態をとって、直接生産者である大衆に相対している。
*権威の担い手は、労働に対立する労働条件の人格化としてのみ権威を持つのであって、以前の生産形態のように政治的なまたは神政的支配者として権威を持つのではない。
・「ある成熟段階に達すれば、一定の歴史的な形態は脱ぎ捨てられて、より高い形態に席を譲る。このような危機の瞬間が到来したということがわかるのは、一方の分配関係、したがってまたそれに対応する生産関係の特定の歴史的姿と、他方の生産諸力、その諸能因の生産能力および発展との間の矛盾と対立とが、広さと深さとを増したときである。そうなれば、生産の物質的発展と生産の社会的形態との間に衝突が起きるのである。」

第五十二章 諸階級
「労賃、利潤、地代をそれぞれの収入源線とする単なる労働力の所有者、資本の所有者、土地所有者、つまり賃金労働者、資本家、土地所有者は、資本主義生産様式を基礎とする近代社会の三大階級をなしている。」
「まず答えられなければならないのは、何が階級を形成するのか?という問いである。そして、その答えは、なにが賃金労働者、資本家、土地所有者と三つの大きな社会階級にするのか?という別の問いに答えることによって、おのずから明らかになるのである。」
マルクスは、収入の源泉は一つしかなくて、それは労働であると考えているから、同じ収入源に基づいて生活している人々が近代では三つの大きな階級に分かれ、この階級の間、とくに賃金労働者と他の二つの階級の間には生活の著しい格差が存在すること、この現実が生じる理由を問い、それをこれから述べようとするところで、絶筆となっている。

2019年7月12日金曜日

資本論 第3巻(資本主義的生産の総過程)⑦ 第六篇 超過利潤の地代への転化

『資本論』カール・マルクス著(第三巻 資本主義的精算の総過程)
 岡崎次郎訳 大月文庫
原則「 」は本文引用、( )は小生補記

ベビーロマンチカ
第六編 超過利潤の地代への転化
第三十七章 緒論
「われわれが土地所有を取り扱うのは、ただ、資本によって生み出された剰余価値の一部分が土地所有者のものになるかぎりのことである。」
資本主義的生産様式一般は、それが労働者からの労働条件の収奪をするのと同じように農村労働者から土地を収奪し、資本家へ農業労働者を従属させる。
問題は、資本主義的生産体制における土地の独占的所有の経済的価値とその経済的実現を説明することである。
資本主義的生産様式が、それがもたらした他のすべての歴史的進歩と同じように、農業を一方では合理化(科学の応用など)によって社会的経営を可能にし、他方では土地所有の不合理(隷属関係の解放など)を提示したのは大きな功績である。
農業や土地所有に関する資本主義的生産様式では、借地農業者は資本家であり、現実の耕作者は借地農業者に使用されている賃金労働者であり、地代は従って土地所有が経済的に実現される形態であり、従ってここでは賃金労働者と産業資本家と土地所有者という三つの階級が相対している。
土地に加えられる改良や土地に付帯する建物に対する利子は、土地使用そのものに支払われる本来の地代とは別のものであり、土地所有者が賃貸契約を結ぶ場合にはこの利子が地代に付け加えられるから、土地の価値は上がっていく。従って土地の所有者は何の費用もかけずに社会の発展に伴って価値の上がっていく資本を売ることができる。

第三十八章 差額地代、総論
農産物や鉱産物を生産する土地の地代には差額が生じている。この差額は、資本主義的生産体制を前提にして考察すれば、その土地の豊饒度に基づく経済的合理性に依拠する。だからまずは、農作物や鉱産物である生産物は生産価格で売られることを前提として地代を分析する。例えば、自然の落流による水力を利用できる土地と蒸気機関を利用しなければならない土地を比較すると、前者はより多くの利潤を得られるのは明らかなので、この超過利潤分がより高い地代となりうる。
生産価格は市場価格に規定されるから、自然の落流という恵みが生産価格形成に有利に働きうるのは、それが土地所有者によって独占されているからでもある。

第三十九章 差額地代の第一形態(差額地代Ⅰ)
超過利潤が転化したものとしての地代が可能となるのは、地代が生まれ得ない最劣等地よりも生産性の高い耕作地においてのみである。「超過利潤は、二つの等量の資本および労働が等面積の土地で用いられて不等な結果を生む場合には、地代に転化するのである。」(差額地代の第一形態)。
ここでは、別の土地の地代を比較した場合について述べられてはいるが、地代の形成はその土地の豊饒度によって異なってくることの方が本質的なことである。
以下、土地の等級を最優良地AからBC、最後に最劣等地Dに区分して、夫々の土地の生産性や需要や生産物価格と地代の関係を論じているが省略する。

第四十章 差額地代の第二形態(差額地代Ⅱ)
差額地代の第二形態とは、同一の土地に対して資本を投下することによって生産性を向上させ、従って超過利潤を増大させることにより、地代がいわば人工的に形成されていく形態のことである。
地代の差額は落流の有無のような自然条件だけではなくて、投下資本によっても生じるのだが、この資本を投下するのが借地農業者であっても、賃貸借契約更新時には、自分の投下した資本は土地の付属物として土地所有者のものとなって地代が徐々に高くなり、また累積していくという現実は、資本主義的生産様式という経済原理と矛盾する。
農産物や鉱産物を生産する土地は、個人が自身の労働によって農地を新たに開拓したり、土地の豊饒度を上げたり、農具や牛馬などの動力を工夫したりしてきた歴史の延長上において資本主義的生産体制に組み入れられてきたのだから、地代の形成は、需要供給関係や生産物価格に加えて、すでに築かれている社会的諸関係によって規定されている。従って、地代の形成はより複雑な様相を呈するようになる。以下、地代とそれに影響を与える諸因子との個々の関係が考察されるが、省略する。

第四十一章 差額地代Ⅱ---第一の場合 生産価格が不変な場合
省略

第四十二章 差額地代Ⅱ---第二の場合 生産価格が低下する場合
省略

第四十三章 差額地代Ⅱ---第三の場合 生産価格が上昇する場合 結論
省略

第四十四章 最劣等耕地でも生まれる差額地代
要するに、供給増の要求によって継続的に投資が行われた耕作地では、契約期間が切れる時には、投資の仕方によって差があったとしても地代が上がることになる。もともと最劣等耕地であったとしても、継続的投資が行われた土地同士の間では地代に差が生じることになる。

第四十五章 絶対地代
絶対地代という概念は、上述したような差額地代とも違うし本来の独占価格にもとづく地代とも違う概念で、あくまでも超過利潤の取り分のうちから最劣等地についても地代として土地所有者へと入ることになるという、地代の概念を指す。
絶対地代は、マルクスの経済理論に基づけば最劣等地では発生しないはずである地代が、実際には発生しているという矛盾を明快にするために必要な概念であり、絶対地代が独占価格に基づかないというのは、独占価格が資本主義的生産体制という経済合理性の外部に由来すらからである。
地代について以上の記述は、資本主義的生産体制というマルクスが前提とする社会経済構造に基づく理論の延長にある。農産物や水産物や鉱産物の生産についても、資本主義的生産体制の発展に伴って必然的に生じる資本の有機的構成の変化、つまり不変資本の増大と可変資本の減少という変化、あるいはより本質的表現では、商品の価値と価格の乖離度合いの拡大が、この領域における労働者の搾取をより過酷にする、ということになる。

第四十六章 建築地地代 鉱山地代 土地価格
土地は商品として売買される。その際の土地価格というものは、利子が資本の価格を決めるように地代から算定される、ということが明らかにされる。ここにおいて、利子は剰余価値の一部が結果として資本の所有者のものになるのではなくて、現実には逆に利子が予め与えられているのと同様に、地代も予め与えられている。つまり、土地も利子を生む資本と同じような機能を持つことになる。資本主義生産体制を前提にした経済の理論に基づけばこの現実には矛盾があることになる。

第四十七章 資本主義的地代の生成
この章は地代が生成されてきた歴史について、マルクスの歴史解釈が語られる。
第一節 緒論
(省略)
第二節 労働地代
労働地代は、直接生産者が領主の農地で領主のために労働するという最も簡単な形態での地代のことである。この直接生産者は、自分の再生産のために必要な生産物を自分の占有している労働用具や土地を用いて自分の労働によって得ている独立な農民と言える。歴史的発展段階におけるこのような状態においては、直接生産者は土地の所有者である領主に対しては隷属関係を取らざるを得ないが、根底にある関係の不断の再生産が規律化され、秩序化されるようになり、ある程度の経済的発展の可能性も与えられている。
労働地代が発生するような社会関係の元にある経済と、奴隷経済や植民地大農業とを区分するものは、直接生産者は自分では自由にならない他人の生産条件で労働していることであり、従って彼らは人身的従属関係に支配された土地の付属物である、ということである。彼らに土地所有者としてとして相対すると同時に主権者として相対するものが、私的土地所有者ではなくて、アジアのように国家であるならば、地代と租税とは一致する。

第三節 生産物地代
直接生産者がより高い文化状態に、そして社会一般がより高い発展段階になると、労働地代は生産地代へと移行するが、地代の本質は変わらない。ただ、鞭の代わりに法的規定に追い立てられて自己責任で剰余労働をしなければならないだけである。

第四節 貨幣地代
貨幣地代は、生産物の代わりに生産物の価格を自分の土地の所有者に支払う地代のことである。この状態は、現物形態が貨幣形態に転化されることが前提されるが、資本主義種的生産様式に基づく産業地代または商業地代、すなわち平均利潤の超過分とは区別される。
「貨幣地代は、・・・不払い剰余労働の正常な形態としての地代の、最後の形態であると同時にその解消の形態でもある。」(地代の解消形態とは、資本主義生産体制が発展してくると、地代も利息と同様に剰余価値の転化形態であることが見えなくなることを指すのだろう)。

第五節 分益農制と農民的分割地所有
分益農制とは、借地農業者と土地所有者が経営資本の一部ずつを提供し合い、生産物を彼らの間で一定の割合で分割することである。この形態は、地代の本源的な形態から資本主義的な形態への過渡形態である。例えばポーランドやルーマニアにおいては、独立な農業経営へ移行した後も、不作時の備えなどのための生産をする共有地が遺物として残っていたが、それが次第に国家の役人や私人に横領され、ついには横領された共有地での共同耕作義務が維持されたままで農民所有地までもが横領されていった。
自営農民の自由な分割地所有という形態は、古典的古代の最良の時代の社会的基礎をなしている。またそれは、近代の諸国民の元で封建的土地所有の解体が生まれてくる諸形態の一つとして、例えばイギリスのヨーマンリ、スエーデンの農民身分、フランスや西ドイツの農民として見いだされる。分割地所有という形態は個人的独立の基礎をなし、農業そのものの発展にとって一つの必然的な通過点であるが、やがて没落する。その没落の原因は、分割地所有という形態の補足をなしている農村家内工業が大工業の発展によって滅びること、同じく補足をなしている家畜の飼育を可能とする共有地が大きな土地の所有者によって横領されることである(個別の事情は地域等で変わるだろうが)。
分割地所有は、その性質上、労働の社会的生産力の発展、労働の社会的諸形態、資本の社会的集積、大規模な牧畜、科学の累進的な応用を妨げる。営利と租税制度とはどこでも分割所有を貧困化する。
資本主義的生産体制が進展してくるにつれて、土地は商品として価格を持つようになり、小農業が自由な土地所有と結びついていれば、耕作者が資本を土地の購入に投じるようになり、土地の価格は先取りされた地代に他ならなくなる、というのは土地が資本として還元可能となってくるからである。しかし小規模に分割地所有される土地そのものが機械や原料と同様に価値を持って、生産価格に入るというのは幻想であり、農民を高利に従属させるだけである。なぜなら、土地の価格が生産価格を構成するのは差額地代が可能であるか、独占価格が生じる場合だけであるからである。また、大規模な地主経営は、剰余価値の分配に関して借地農業者すなわち資本家と対立するために剰余価値増大を目指す資本主義的生産様式に矛盾するから、農地は荒廃し、自然は破壊されて農業自体の障害となる。
「大きな土地所有は、労働力を、その自然発生的なエネルギーの逃げ場でありそれを諸国民の生命力の更新のための予備源として貯えておく最後の領域である農村そのものの中で、破壊するのである。」

2019年2月11日月曜日

資本論 第3巻(資本主義的生産の総過程)⑥ 第五篇 利子と企業者利得とへの利潤の分裂 利子生み資本

ベルサイユの薔薇
『資本論』カール・マルクス著(第三巻 資本主義的精算の総過程)
 岡崎次郎訳 大月文庫
原則「 」は本文引用、( )は小生補記



第五編 利子と企業者利得とへの利潤の分裂 利子生み資本

第二十一章 利子生み資本

投下される部面が生産部面でも流通部面でも、その資本の大きさに比例して平均利潤を得るのだから、貨幣は資本に転化されてそれ自身で利益を生み、資本として機能するという使用価値を受け取る。換言すれば資本が資本として商品となる。別の資本家に前貸しした資本の使用価値の代価を利子という。

貸し付けられた資本は二重に還流する。再生産過程で機能資本家の手に還る時と、貸し手である貨幣資本化へ還る時である。利子がついて還って来る資本の単なる形態は、「ただ現実の資本運動の無概念的な形態でしかないのである」(「無概念的」という言葉は、第三部第二篇第九章で商品価値が生産価値に転化する様子の記述でも現れていた)。

――――――――――――――――――――

普通の売りで譲り渡されるのは、その商品の使用価値である。貨幣資本家が生産的資本家に譲り渡す商品すなわち貨幣の使用価値は、平均利潤を生むということである。

ほかの商品の場合には、最後には使用価値は消費され、商品の実体もなくなる。しかし、資本という商品は、その使用価値の消費によって価値も使用価値も無くならないどころか増殖もされる、という特性を持っている。

消費してもなくならないどころか増殖もするという点において、貸し付けられる貨幣は、産業資本家にとっての労働力と類似している。ただ、労働力の方はその価値を支払われるが、貸し付けられた貨幣の方は返済されるだけである。

使用価値について言えば、労働力も貨幣も価値を生むということに現れる。貨幣資本において支払われるのは、価格ではなく利子であるのは、取引の関係が売買ではなくて貸借であることのうちに現れている。

資本の生産物は利潤である。資本としての貨幣(商品でも良い)の価値はそれ自身が持っている価値によってではなくて、それの所有者が生産する剰余価値によって規定されている。

商品の市場価格も労賃も、資本主義的生産様式に内在する法則によって決まるが、利子の場合は資本同士による利潤の分割競争で決まる。



第二十二章 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率

ここでは、利子生み資本の独立な姿と利潤に対する独立化を展開する。利子の最低限界は、利潤から利潤の監督賃金(後で説明がある)を引き去った部分だろう。総利潤のうちで利子として貨幣資本家に支払う部分の割合が固定されている場合を考えてみると(つまりこれが歴史的にも現実であると言うこと)、産業利潤(総利潤から利子分を差し引いた分)は、一般的利潤率が高くなるほど大きくなる。資本主義的生産の発展と利潤率は反比例するから、一国の利子率の高低はその国の産業的発達の高さにも反比例する。

利潤の大きさを規定する事情と利潤の分割を規定する事情とは異なっており、しばしばこれらの事情はそれに規定されている事柄に対して反対に作用する。近代産業の循環する運動(平静状態、活気増大、繁栄、過剰生産、破局、停滞、平静状態)を観察すれば、低利子の状態はたいてい繁栄か特別利潤の時期に対応し、利子の上昇は繁栄とその転換との分かれ目に対応し、極度の高利は恐慌に対応する(つまり利潤が少ないときほど利子率は高いというのが、一般的には現実に観察される。⇒この段落冒頭の文の後半の事例)。

低い利子が停滞に伴い、適度な利子の上昇が活気の増大に伴うこともあり得る。利子が極度の高さに達するのは恐慌の時で、この時には支払いするには高利でも借りなければならない。このような時は、有価証券を捨て値で手に入れる機会でもある(利子が高くなれば利子付き有価証券価格は下落するからで、下落した有価証券を買い漁ることが出来るのは言うまでもなくそれを買うことができる人だけである)。

利子率が利潤率の変動にはまったくかかわりなしに低落する傾向もある。それには次のような二つの要因がある。利子で生活する人々の相対的増加(例えばイギリスのように、国富の増加に伴い高齢化だけでなく貯蓄の利子で暮らす人たちが増える場合)。信用制度の発達により、社会のあらゆる階級のあらゆる貨幣貯蓄を産業資本家や商人が銀行の媒介によって利用できるようになること。

利子率は資本家同士の競争によって偶然的に決まってくるものであって、「自然的な」利子率などというものは無い(これにたいして平均利潤率は資本主義的生産様式に内在する法則によって決まっている)。利子の場合には、利潤の場合とは逆に、「質的な区分が、剰余価値の同じ一部分の純粋に量的な分割から出て来るのである。」(この意味次の第二十三章参照)。

「自然的な」利子率はないが、絶えず変動する利子の市場率と、それとは違う中位の利子率(利子の平均率)がある。利子の平均率は一般的利潤率とは反対に、その限界を一般的法則によっては確定できないのである。利子率は、中位の利子率だろうが利子の市場率だろうが、一般的利潤率の場合とは全く違って、一様な、確定された、一見して明らかな大きさとして現れる(みんなそう思っているというのが現実に生じている現象である)。

中位の利子率は、どの国にでも、いくらか長い期間については不変の大きさとして現れる。利子の市場率は商品の市場価格と同じように、各瞬間に固定的な大きさとして与えられている(つまりそこには、時間差がある)。

利子率の固定化には以下の二つの理由がある。利子生み資本の歴史的先在と伝統的に受け継がれた一般的利子率の存在、世界市場の直接の影響が利潤率よりも利子率の確定に対して非常に大きいこと。

貨幣市場における資本は、階級それ自体の中の共同的なものとして、需要と供給の関係において現れる。大工業の発展に伴い、貨幣資本は集中化され組織化されたものとし大量に出現し、社会的資本を代表する銀行業者の統制の下におかれる。資金の需要から見れば、貸し付け可能な資本として一階級の重みが相対し、供給から見れば、大量に纏まった貸付資本としての一階級の重みが相対するのである。

確定した利子率と、一般的利潤率が「消えかかる幻のようなものとして現れるのか」ということのいくつか理由は、ここにある。だから、利子率は変動しはするが、借り手にとっては常に固定した与えられたものとして相対するのである。



第二十三章 利子と企業者利得

資本家が貨幣資本家と産業資本家とに分かれるということだけが、利潤の部分を利子に転化させ、ただこの二つの種類の資本家の間の競争だけが利子率をつくりだす。

総利潤は産業利潤と利子とに分割され、この分割が量的分割から質的分割に転化されて、利子と企業者利得という姿をとる。ここで質的分割とは「利子は資本自体の果実、生産過程を無視しての資本所有の果実であり、企業者利得は、過程進行中の、生産過程で働いている資本の果実であり、したがって資本の充用者が再生産過程で演ずる能動的な役割の果実であるということ」を意味している。

利子は、労働が価値として不払い労働を取得する手段となっていることの表現でしかない。また、価値がそのような力であるのは、価値がその所有者である労働者に対立しているからであるということの表現でしかない。

しかし、利子という形態では、賃労働に対するこのような対立が消えている。それは貸付資本家が対立するのは機能資本家であって労働者ではないからである。

企業者利得は、賃労働に対して対立物をなしているのではなく、ただ利子に対して対立物をなしている。第一に、企業者利得の率は労賃ではなくて利子によって規定されているから。第二に、機能資本家は、企業者利得を、資本の機能から引き出すのであり、機能資本と対立する不労所有としてのみ存在する資本から引き出すのではないから。

産業資本家の頭の中では、彼の企業利得は他人の不払い労働でしかないというようなものではなくて、むしろ自分自身の労賃であり、監督賃金であり、普通の賃金労働者よりも高い賃金であるという観念が発達してくる。彼の資本家としての機能は、不払い労働を最も経済的な諸条件で生産することにあるということは、完全に忘れられている。

そこでもっと詳しく企業者利得を見よう。「一般に株式企業は、機能としての管理労働を資本の所有からはますます分離していく傾向がある。それはちょうど、ブルジョア社会の発展につれて裁判や行政の機能が、封建時代にこれらの機能を自分の属性としていた土地所有から分離していくようなものである。」

単なる資本所有者である貨幣資本家と機能資本家が相対する状況は、信用制度の発展に連れて貨幣資本そのものが社会的な性格を持って銀行に集中される一方、機能資本の方も資本の所有者ではないが実質的機能を担う管理者が相対することになる。



第二十四章 利子生み資本の形態での資本関係の外面化

利子生み資本では、資本関係は外的な最も呪物的な形態に到達する。ここではGG´として両極を媒介する過程なしに現れる。資本はもはや単純な量ではなくて量関係である。

利子は利潤の一部でしかないのに、今では反対に利子が資本の本来の果実として現れる。利潤は今では企業利得という形態に転化して、再生産過程で付け加わるただの付属品として現われる。資本の呪物的な姿も観念も完成している。われわれがGG´で見るのは、資本の無観念的な形態、生産関係の最高度の転倒と物化、すなわち利子を生む姿、資本自身の再生産過程に前提されている資本の単純な姿である。

利子生み資本として、資本は、その純粋な呪物形態GG´を、主体として、売ることのできるものとして、得るのである。第一に、資本が絶えず貨幣として存在するからである。つまり、資本の再生産過程では貨幣形態はすぐに消えてしまうのだが、利子生み資本としての貨幣は、価値が独立な交換価値として消えずに存在するのである。第二に、剰余価値もここでは再び貨幣の形態にあって、資本そのものに属する物として現れるからである。

資本の蓄積過程を複利の蓄積と考えることができるのは、利潤つまり剰余価値のうちの資本に再転化させられる部分を利子と呼ぶことができる限りのことである。労働によって価値が生み出されなければ貨幣は増えないはずだが、労働がなくても複利によって貨幣は増える。資本の蓄積は、総労働日という質的な限界によって制限されているが、利子という無概念的な形態で捉えるならば、資本の蓄積はただ量的なものとなって、その量は想像もつかないものとなる。



第二十五章 信用と架空資本

生産者や商人同士の間の相互前貸が信用の本来の基礎をなしているように、その流通用具である手形は本来の信用貨幣即ち銀行券などの基礎をなしている。銀行券などは、金属貨幣や国家紙幣などの流通貨幣に基づいているのはなく手形流通に基づいている。

信用制度の発展は貨幣取引業の業務を拡大発展させ、銀行業者として貨幣資本の貸し手と借り手の媒介者となる。銀行の業務は、貨幣資本を大量に集中し、個々の貸し手の代表者として産業資本家や商業資本家と相対し、資本の貸し借りを媒介し、銀行自身としての貸し借り利息の差額で利潤を得ることである。

銀行業者自身も、他銀行宛ての手形や小切手、発券銀行の銀行券(紙幣)などで信用を創造する。信用に基づいた前貸によって、一国の事業全体が眩惑に襲われる適切な事例は、1845年から1847年までのイギリスに見られる。場所と時間に起因する情報格差を利用した詐欺まがいの架空資本取引、綿花販売決済などの手形の信用減と銀行資本減、鉄道などに対する投機資金と投機手形等々。

(要は、必要とされたのは貨幣を生み出す貨幣であって、それは何度も割引される手形などによって膨張する信用だけで満たされるようなると、膨張した信用に見合っただけ経済拡大即ち価値の増殖が起こらない限り破局を迎える)



第二十六章 貨幣資本の蓄積 それが利子率に及ぼす影響

貨幣が蓄積されると、貨幣資本家はより高利を得るための理論考える。利子率は貨幣資本に対する需要が決めるものである。高い利潤率や事業の拡張は高い利子率の原因であり得るとしても、それだからといって、高い利子率は高い利潤の原因ではない。

問題なのは、(利潤が出ない)恐慌の時にも高い利子率が依然として継続していること、またはそのときに利子率が絶頂に達しなかったか、ということなのである。



第二十七章 資本主義的生産における信用の役割

信用度についての一般的見解。

Ⅰ 信用制度は、利潤率の平均化を媒介するために必然的に形成される

Ⅱ 流通費の節減に役立つ

Ⅲ 株式会社が形成され、これが経済に本質的な影響を与える

先に進む前の経済的に重要な点の注意。利潤が殆ど利子という形態をとるだけなら、剰余価値を殆ど生まない資本としては殆どを不変資本が占めるのだから、これらの企業は一般的利潤率の平均化には殆ど参加しない。また、それは一般的利潤率の低下を阻止する原因ともなる。

{エンゲルスの挿入:・・・要するに競争の自由が失われ、大資本家は生産調整のカルテルを結ぶとか、事業部門を統一して一つの大きな株式会社に統合する、という状況が生じている}

これは資本主義生産様式そのものの中での資本主義的生産様式の廃止であり、自分自身を解消する矛盾であって、新たな生産形態への過渡期として現れるものである。そのことは、独占を出現させ、国家の干渉を呼び起こし、新しい金融貴族を再生産し、名目だけの役員の姿をとった新しい種類の寄生虫を再生産し、会社創設や株式発行や株式取引についての思惑や詐欺との全制度を再生産する。それは、(生産が社会的生産になっているにもかかわらず)私的所有による制御なき私的生産である。

Ⅳ 信用は他人の資本の所有に対する、従ってまた他人の労働に対する支配力も与える。

資本は信用の単なる基礎となる。この状況は流通を握る卸売業に良く当てはまる。彼らがやる投機の源泉は社会的所有であって自分の所有ではない。そうなると資本の起源である節約は馬鹿げたものになる。

奢侈も信用手段となり、成功も失敗もその結果は諸資本の集中となり、同時に収奪となり、収奪は直接生産者から中小の資本家に及ぶ。収奪は、資本主義的生産様式の出発点で、この実行はこの生産方式の目標であり、しかし結局はすべての個人の生産手段の収奪である。信用は、生産手段と労働の所有の分離を益々促進する。

株式会社による大規模な生産は、私的生産ではなくて社会的生産であり、従って生産手段は社会的所有なのだが、この収奪は少数者による社会的取得として現れる。株式制度は私的生産から社会的生産へと転化する側面はあっても、社会的な富と私的な富という富の対立を、新たな性格をもった姿でつくり出す。

協同組合工場では資本と労働との対立は廃止されている一方、それは資本主義的生産様式、従ってまた信用制度の発展がなければ生じ得ないものである。協同組合工場と資本主義的株式企業の工場との違いは、資本と労働との対立の解消において、積極的であるか消極的であるかの違いだけである。

資本主義的生産の対立的な性格に基づいて行われる資本価値の増殖は生産の内在的な束縛と制限とを持っているが、信用制度はこの制限を絶えず破壊していく。信用制度に支えられた株式会社は機能資本家が他人の資本で運営するのだから投機熱心になってこの制限を破壊する。

信用制度は、生産力の物質的発展と世界市場の形成とを促進し、それらのものを新たな生産方式の物質的基礎とするための歴史的任務なのであるが、同時に、資本主義的生産方式に内在する矛盾の暴力的爆発、恐慌を促進し、その生産様式の解体を促進する。



第二十八章 流通手段と資本 トゥックとフラートンとの見解

トゥックやウイルソンなどは通貨と資本を区別しているが、これは貨幣資本一般としての流通手段と利子生み資本としての流通手段との区別を混同している。貨幣の機能は複数あって、貨幣は収入も資本も同時に表す。



第二十九章 銀行資本の諸成分

銀行資本(資産)は現金(貴金属貨幣、銀行券)と有価証券から成っている。有価証券は商業証券つまり手形と、不動産抵当証券を含む利子付き証券である公的有価証券に区別される。公的有価証券は、国債証券や国庫証券や各種の株式である。

現金と有価証券という物的成分(資産)は、銀行業者自身の投下資本(純資産)と預金(負債)に分かれる。預金は銀行営業資本または借入資本をなしている。発券銀行の場合はさらに銀行券(負債)が加わる。銀行自身の資本か他人の資本かは、銀行資本の物的成分を少しも変えない。

利子生み資本という形態には、利子の源泉となる資本が見出されるのだが、その源泉が所有権や債権だろうと地所のような現実の生産要素であろうと、それらが譲渡可能な形態である場合以外は、純粋に幻想的な概念である。例として国債と労賃とを取ってみよう。

国債という資本は、債権者には利子が支払われても、国に貸し付けられた金額はもはや存在せず、資本として投下されるはずのものではなかったのであり、純粋に架空的な資本なのだが、それ自身の運動を持っている(現代で言えば、建設国債は社会資本を形成しているから架空とは言えないだろうが赤字国債は架空だろう)。

国債という資本はマイナスが資本として現れる。利子生み資本一般は、銀行の債務が商品として現れるように、「すべて狂った形態の母であるように」現れる。

資本に対置して労働力を見てみよう。ここでは、労賃は利子と考えられ労働力は資本だと考えられる。資本の価値増殖を労働力の搾取から説明するのではなく、労働力自身が利子生み資本という不可思議なものだということから説明される。「資本家的な考え方の狂気の沙汰はここでその頂点に達する」。労働者は奴隷ではないから、自分の労働力の資本価値を譲渡によって換金できない(剰余労働の搾取が利潤であり、平均利潤からの分け前が利子である、という説明ではなく、端的に奴隷ではないと言う説明は本質的だ)。

平均利子率から資本を逆算することを資本換算と呼び、資本換算で架空資本が計算される。例えば、平均利子率が5%、年間収入が100ポンドの場合には、計算される架空資本は2000ポンドとなる。この2000ポンドは法律上所有権の資本価値とみなされる。

債務証券、株式等の証券は、名目価値と市場価値を持ち、将来の生産に対する蓄積された請求権、権利名義の他は何も表していない。巨大な量の利子生み資本は生産に対する請求権の市場価格の蓄積、すなわち幻想的な資本価値の蓄積以外の何ものでものない。

銀行資本(資産)には利子付き証券が含まれていて、これは準備資本であるが、その最大部分は手形で、この手形の割引率はその時の利子率で決まる。銀行資本(資産)の内の金や紙幣から成っている貨幣準備は、預金者が自由に処分できる預金(負債)であるが、これは平均すると普通あまり変動しない。銀行の準備金は蓄蔵貨幣の量を表しているが、金に対する単なる支払指図券であって、自己価値ではない証券から成っている。

銀行資本(資産)の最大部分は、純粋に架空なものであって、債権(手形)、国債証券(過去の資本を表しているもの)、株式(将来の収益に対する支払指図券)から成っているのだが、次のことに注意が必要である。①国債証券のように、確実な収益に対する支払指図券なのかどうか。②株式などのような現実資本の所有権証書だろうが、全く架空のものだろうが、現実価値からは偏って規制されること。③単なる収益請求権の場合には、同じ収益に対する請求権が絶えず変動すること(利子率が変動するから)。

この架空である銀行資本(資産)の大部分は、銀行の資本(純資産)ではなくて、公衆の資本である預金である。預金は、一方では利子生み資本として貸し出され、他方では預金者達の相互の貸しの相殺の単なる帳簿金額として機能する。

アダム・スミスは、資本が貨幣貸し付けで演ずる役割に関連して次のように述べている。AW1000ポンド貸し、WBからその1000ポンドである商品を買い、Bは手に入れた1000ポンドを使わずにXにそのまま貸し、Xはその1000ポンドでCからある商品を買い、Cは手に入れた1000ポンドを使わずにYにそのまま貸し、Yはその1000ポンドでDからある商品を買うとすると、1000ポンドの貨幣はA,B,Cがそれぞれ貸すことで、W,X,Yはそれぞれ1000ポンドの商品を手に入れたことになる。つまり1000ポンドの貨幣を単にABCと順繰りに貸すだけなら、資本は1000ポンドしかないが、W,X,Yがそれぞれ1000ポンドの商品を購入すれば1000ポンドの貨幣は3000ポンド資本の価値を持つ(,B,Cは合計3000ボンドを将来返済されることが前提となっている)。

預金は借入金だから、貸付金一般についてアダム・スミスが述べたのと同じく、銀行においては預金額よりもはるかに少ない準備金(貨幣)で間に合うことになる。当然限度があって、当時の金本位制の下では金保有高に連動した法規制がある(現代では、銀行の自己資本比率には国際的取り決めがある(バーゼル合意)。1988年に最初に策定され(バーゼル1)、2004年に改定された(バーゼル2)。2007年夏以降の世界的な金融危機が原因で再度見直しに向けた検討が進められ、2010年に新しい規制の枠組み(バーゼル3)について合意が成立した。この数値は、国内営業だけなら4%以上、海外でも営業するなら8%以上)。



第三十章 貨幣資本と現実資本Ⅰ

信用制度に関する困難な問題は次の二つである。

第一に、本来の貨幣資本の蓄積はどの程度まで現実の資本蓄積の指標を表しているのかという問題である。つまり、資本の過多は産業上の過剰生産の特殊な表現なのか、また、貨幣資本の過多は貸付資本の過多の表現なのかという問題である。

第二に、貸付資本の欠乏はどの程度まで現実資本(商品資本と生産資本)の欠乏を表しているのか、という問題である。それは他方、どの程度まで貨幣そのものの欠乏と一致するかという問題でもある。

「われわれがこれまで貨幣資本及び貨幣財産一般の蓄積の特有な形態を考察してきた限りでは、この形態は、結局は労働に対する所有の請求権の蓄積ということになった。」

国債という資本の蓄積が意味するものは、租税から先取りする権利を与えられた国家の債権者という一階級の増大である。国債を買うための資本は前貸しされた資本であって、国債が売ることができる限りにおいて、その所有者にとって資本として機能する。

会社事業に対する所有権は現実事業に対する権利であるが、この権利は自由処分力を与えるものではなく、現実事業を行う現実資本によって獲得される剰余価値の一部に対する請求権を与えるだけである。ところが、現実資本の紙製の複製であるこの権利は、それが売却することができる限り資本として機能し流通するのであって、利子生み資本の形態となる。この権利の価値額は、それを権利名義とする現実資本の価値運動とは全く無関係に増減することが出来るのであり、取引所の相場で定まるのであり、利子率が低下すると上昇するのである(その権利が売買出来る限りにおいて、利子率が低下すると、同じ利子を受け取るのに必要なこの権利の価値額は増大する)。

この所有権の価格変動は投機を生み、この投機が労働に代わって資本所有の獲得法として現れ、また直接的暴力にも取って代わるのである。

絞り込まれる当面の問題は、資本が商品の再生産過程や流通過程の貸付資本として機能することではなく、国債や株式や各種有価証券が貸付可能な資本として機能し蓄積されるという事態である。

――――――――――――――――――――――――――――

再生産に携わっている資本家たちが互いに与え合う信用(商業信用)を銀行業者の信用から分離して考察する限り、貸付資本と産業資本は同じである。ところが現実には、産業家や商人同士の前貸しと銀行業者から産業家や商人への貨幣前貸しが混ぜ合わされる。そうなると、いつでも事業は破局の直前にこそ健全に見えるようになる。

――――――――――――――――――――――――――――

「そこでまた貨幣資本の蓄積に帰ることにしよう。」

「貸付可能な貨幣資本の増加は、必ずしも現実の資本蓄積または再生産過程の拡張を示しているではない。このことは、産業循環のなかでは恐慌を切り抜けた直後に貸付資本が大量に遊休している段階で最も明瞭に現れる。」(1847年のイギリス恐慌の例)。

1847年の恐慌の主な原因は、市場への供給過剰と対東インド商品取引での無際限な詐欺的思惑だったが、銀行役員などの諸氏の説明はデタラメであった。

1857年には破産は主に商人を襲った。というのは製造業者が商人に「自分の計算で」外国市場に過剰供給することを任せたからであった。

―――――――――――――――――――――――――――――

再生産過程が、過度な緊張状態の直前の繁栄状態に達すると、円滑な環流と拡大生産という健全な基礎の上に、商業資本は大きく膨張し、利子率は恐慌時の最低レベルより高いがまだ低い。この時期だけが、低い利子率、したがって貸付可能な資本の相対的豊富さが産業資本の現実の拡張と一致する唯一の時点である。

そうなると、資本を借りて事業に新しく参入する人が増え、固定資本の増大、大企業の設立が加わってくる。そして利子率は上昇し、その利子率が再び最高度に達するのは新しい恐慌が襲ってきて、信用が急に停止し、支払が停滞し、再生産が麻痺し、貸付資本のホトンだが絶対的窮乏と遊休産業資本の過剰が現れるようになるときである。

(以下、景気の循環=産業循環、についての諸状況の解説は省略する)



第三十一章 貨幣資本と現実資本Ⅱ(続き)

第一節     貸付資本への転化

貸付資本は貨幣の形で貸し付けられる資本であるにもかかわらず、貸付資本の量は流通している貨幣の量とは違ったものである。例えば、20ポンの貨幣量が1日に五度貸し付けられた場合には100ポンドの貨幣資本が貸し付けられたことになる。利子率の変動は貸付資本の供給によって左右される。

信用経済が発達している国では、貨幣資本は銀行の預金となっている。預金の遊休程度は諸銀行の準備金の流出入に現れる。そこで、1857年にイングランド銀行総裁はイングランド銀行にある金が唯一の準備資本だと結論づけている。

現実資本(生産資本と商品資本の合計)の蓄積には輸出入統計が一つの尺度を与える。10年の循環周期の運動をしていたイギリス産業の発展期(18151870年)の間は、恐慌の前に最高度に蓄積された現実資本の量が、次の繁栄期の最低限となって、次第に拡大していった。市場の拡大を示す輸入についても同様である。

第二節     貸付資本に転化させられる貨幣への資本または収入の転化

貸付資本の蓄積は現実の蓄積の結果である。貸付資本は産業資本家と商業資本家との犠牲において蓄積する(貸付資本の利潤は剰余価値の一部)。貨幣資本家は儲けを第一に貸付資本に転化する(資本に再転化せずに)。消費される収入も貸付資本の蓄積となる。



第三十二章 貨幣資本と現実資本Ⅲ(結び)

これまで述べてきたことで最も重要なのは、収入のうち消費に向けられる部分の膨張は貨幣資本の蓄積となるということである。つまり、貨幣資本の蓄積には、産業資本の現実の蓄積とは本質的に違った契機が含まれているのである。

貨幣資本の蓄積には、他にも特殊な形態がある。生産要素の価格低下で資本が遊離したが再生産過程を拡張できない時、事業が中断して資本(特に商人資本)が遊離した時、あるいは大儲けして再生産から引退する人の数が増えた時などである。

現実の蓄積からは独立したものでありながら、しかも現実の蓄積に伴って現れる諸契機によって、貸付資本の蓄積が拡張されるということは、絶えず貨幣資本の過多が生じざるを得ないことを示している。この過多は、信用の発達につれて増大し常にある反動を呼び起こさざるをえない(将来の予測の不確実性ゆえに)。

地代や労賃からの貨幣資本の蓄積についてはここではふれない。が、次のことだけは述べておく。貯蓄の諸契機を供給する限りでの、現実の節約や禁欲の仕事が、しばしば自分の貯蓄さえも失ってしまうような人々に任されているということである。産業資本家の資本は自身の貯蓄ではなくて他人の貯蓄なのであり、貨幣資本家はそれに加えて信用を自分個人の致富の源泉にする。ここにおいて、資本主義体制の最後の幻想、すなわち、資本が自分自身の労働や貯蓄を生み出すという幻想、が打ち砕かれる。利潤が他人の労働の搾取であるだけではなく、貨幣資本家が産業資本家を搾取するのである。

貸付資本の形態が現実の貨幣(金や銀)だけだとしても、その大きな部分は必然的に架空的、すなわち価値請求権でしかない。このような請求権の蓄積は、その源泉である現実の蓄積とも、貨幣の貸出によって媒介される将来の蓄積(生産過程)とも違うのである。

自由に利用できる貨幣資本の発展につれて、自由に利用できる貨幣資本に対する需要も増大する。これらの証券の思惑取引をする証券仲買人が貨幣市場(ロンドンの集中的な貨幣取引所など)で主役を演ずるのである。もしこれらの証券の売買がすべて現実の資本投下の表現であるならば、このような売買が貸付資本に対する需要に影響することはない。

商業的利子の変動との関係については後でもっと詳しく述べる。とはいえ、ここで次の二つのことは言っておきたい。第一に、利子率がかなり長い期間にわたって高いとしても、必ずしも企業者利得の率が高いわけではなく反対に低くなる場合がある。それは、ひとたび着手した企業は続行するほかはないからである。第二に、利潤率が高いので貨幣資本に対する需要が増え、従ってまた利子率が高くなると言う表現は、産業資本に対する需要が増え、従ってまた利子率が高いという表現と同じではない。



第三十三章 信用制度のもとでの流通手段

 流通手段(貨幣等)を節約する方法は信用に基づいている。流通手段の流通プロセス(手形振出、銀行への当座預金、等々の流れ)自体が流通手段の流通速度を媒介する。

 現実に流通する貨幣の量は、諸商品の価値とその取引量によって規定されている。銀行券の絶対量とその流通速度の積が取引に必要とされる銀行券量となる。

通貨の絶対量が利子率に影響を与えるのは逼迫期においてである。この時は、利子率が、信用が与えられなくなったために生じた蓄蔵貨幣手段に対する需要の程度を表す。例えば1847年に銀行法が停止されたとき、それまでの貨幣需要は非常に逼迫していて利子率は高かったが、イングランド銀行が銀行券を発行できるようになると流通の膨張も起きずに退蔵銀行券が流通に投げ入れられた。

流通手段の支出と資本の貸出との区別は、現実の再生産過程では最もよく現れている(第二部第三篇 社会的総資本の再生産と流通)。信用制度が発達している場合には、銀行は貨幣を前貸しするのだが、これは通貨の前貸しであり、通貨によって流通させられる資本の前貸しではない。

長期の手形が振り出されるのが通常である輸出が、国内貨幣市場に対して貨幣量の増大を要求するのは逼迫期になってからのことである。

手形の流通量は、銀行券と同じく取引上の必要によって規定されており、銀行券の流通量とは通常は関係がない。貨幣が不足すると手形が増えてその質が落ちる(不渡り手形が増える)。恐慌時は手形が流通しなくなり、銀行券だけが流通できる。イングランドの銀行券の信用は、国民の富の全体で支えられている。

1857年頃の)ロンドンには何人かの大貨幣資本家がいて、整理公債を売って銀行券を市場から引き上げることで一瞬のうちに貨幣市場全体を混乱に陥れる力を持っていた。ロンドンの最大の資本力を持っているイングランド銀行は、半国家機関としてそのような乱暴な仕方でその支配力を行使できないようにされてはいるが、1844年の銀行法以降はことに、私利を図る手段方法をよく知っていた。

17971817年のイングランド銀行は、この銀行の銀行券はただ国家のお陰で信用を得ているだけなのに、この銀行券を紙から貨幣に転化させてそれを国家に貸し付ける(国債を買う)という国家から与えられた権能に対して、国家からつまり公衆から、利子の支払を受けていた。

イングランド銀行の力は、この銀行が利子の市場率の調整を行うことのうちに現れている。、流通手段に対する需要が個人銀行や株式銀行や手形仲買人によって満たされている時期にはさほどではなくても、貨幣需要が逼迫したときにはこの力が現れる。大きな利子率の変動は、(貨幣流通プロセスの)事情に通じた銀行などに有利に働く。

「さらに集中について述べなければならない!いわゆる国立銀行とそれをとりまく大きな貨幣貸付業者や高利貸しとを中心とする信用制度は、巨大な集中であって、それは、この寄生階級に、単に産業資本家を周期的に減殺するだけではなく危険極まる仕方で現実の生産に干渉もする法外な力を与えるのである。―――しかもこの仲間は生産のことは何も知らず、また生産とは何の関係もないのである。1844年及び1845年の諸法律は、金融業者や株式相場師をも仲間に加えたこの盗賊どもの力が増大したことの証拠である。」



第三十四章 通貨主義と1844年のイギリスの銀行立法

本章は、19世紀初頭において発生した恐慌(1825年と1836年は大恐慌)に対処する経済政策論争においての一つの主張である「通貨主義」(発行紙幣量は金属貨幣量で制限されるという説)批判、あるいは、通貨主義を唱える人々(マルクスにいわせれば、前章の最後に述べられているような寄生階級の人々)批判が述べられる。

(以下しばらくは『経済学批判』1859年を引用しながらの、エンゲルスの挿入。)リカードは、流通貨幣の(価値)総量は流通商品の(価値)総量と同じであり、従って経済の活動の増減によって、流通貨幣も増減する、と述べた。これはリカードの大きな発見の一つである。しかし、ロード・オーヴァストーン一派はこの発見を無理矢理に自分たちに利用して、1844年および1845年のサー・ロバート・ピールの銀行法の基本原理にした結果は失敗であり、(その証拠に)この銀行法を適用しないことで恐慌を収束させた。

商業恐慌の現象で最も一般的なのは商品価格の突然の低下である。商品価格の一般的低下と貨幣の相対的価値の上昇とは同じ現象の言い換えだから、この現象を因果関係で捉えれば同語反復となる。そこで、リカードの貨幣理論がひどく好都合に現れた。というのは、この理論は同語反復に因果関係の外観を与えるからである。

リカードによれば、一般的な物価変動は純粋な金銀貨幣の流通のもとでも起こるのだが、いろいろな変動で相殺されることになる。例えば、(貨幣の)流通が減ると(商品価格が低下するからその商品は輸出に回され、従って決済に使用される貴金属が国内に流入して(貨幣の)流通が増える、と。

貨幣流通量の減少は輸入される金で補われるというリカードの前提は誤っている(輸入される金はすべて貨幣になるとは限らない)。この誤った前提に立つ理論は誤った方法へ到達することになる。恐慌による物価の低下をもたらす貨幣不足は金の輸入の増加によって示されるのだから、そのような場合には輸入される金の増加が国内貨幣量の増加と同じとなるようにするために、金の輸入増加量と同価値分の貨幣を銀行が流通に投入すればよい、と。→「その時々に現存する金と同量の鋳貨を流通させようとする実際上の試みになるのである。」

(実際の不況には貨幣は流通せず利子は高騰し、従って貨幣はますます蓄蔵されて流通しなくなり恐慌に至る)ここで、ピールの銀行法に関する1857年の下院委員会の審議(『銀行法委員会』、1857年)の内容を引用して、通貨主義の誤りを示そう(内容省略)。

1844年の銀行法はイングランド銀行を独立した二つの部門、発券部と銀行部に分けられる。前者は保証準備(殆ど政府債務)と金属準備が与えられ、その合計額と同額の銀行券を発行する。銀行券は後者の常置準備金をなしている。発券部は公衆に銀行券と引き換えに金を与え、金と引き換えに銀行券を与える。それ以外の公衆との取引は銀行部によって行われる。この仕組みは、貨幣不足の折に補償準備金の利用を出来なくさせて銀行部を破産に導き、恐慌時に生じる金の流出がますます貨幣の流通を減少させて恐慌を促進する。

これまでに二度、18471025日と18571112日とに恐慌は登り詰めたが、何れも政府が銀行法を停止することで銀行券を発行し、恐慌を打開した。

一つ言っておきたいことは、1844年の立法は、今世紀(19世紀)の最初の20年間には存在した、銀行券に対する兌換停止と減価という、信用失墜の心配は、既に無くなっていると言うことである。(以上まではエンゲルスの挿入箇所)。

次のような規定はすべて利子率の引き上げに帰着する(そのことで寄生階級の人々に利益をもたらす)。イングランド銀行は金準備なしに保証準備額(上限は規定されている)を越える銀行券を発行してはならないという規定。銀行部は(儲けを優先する)普通の銀行として管理されるべきだから、貨幣過剰期には利子率を引き下げ逼迫期には引き上げるべきだという規定。ヨーロッパ大陸やアジアとの間の為替を調整するための主要な手段である準備金を制限する規定。輸出のための金を必要としないスコットランドやアイルランドの諸銀行が今ではその銀行券の兌換性―――といっても事実上全く幻想的な兌換性―――と言う口実の下に金を保有しなければならないという規定。

以下、銀行法が利子率の急変動や恐慌を却って促進することを説明するエンゲルスの挿入部は省略。



第三十五章 貴金属と為替相場

第一節 金準備の運動

逼迫期の銀行券退蔵について言っておきたいことは、不安の時期に現れる貴金属での貨幣退蔵のことである。1844年の法律は国内のすべての貴金属を流通手段に転化させようとするものだが、実際には(恐慌時になるほど貨幣が流通しなくなるという)反対の証明が与えられた。

貴金属の流入について、次のことを注意しておきたい。

第一に、金銀を産しない地域内での金銀の移動と、金銀の産地から他の諸国への金銀の流動を区別しなければならない。ロシアやカリフォルニアやオーストラリアで金鉱が開発されると、それ以後の北アメリカやヨーロッパからのアジア貿易が増大するにつれてアジアへの銀の輸出が非常に拡大し、その増大分が金の流入で補われた。1844年以降は北アメリカやヨーロッパの中央銀行の金属準備高は増大して貨幣流通量が増大したが、恐慌及びそれに続く不況期には銀行準備金はより急速に増大した。

第二に、金銀を生産しない国々の間では、金銀の増減の大部分は相殺されたが、これは商品の輸出、輸入関係だけではなく、商品貿易とは無関係な貴金属自体の輸入、輸出の関係の表現でもある。

第三に、輸入と輸出のどちらが優勢であるかを示す指標は中央銀行の金属準備高であるが、その指標の正確度は、制度がどの程度中央集権化されているかによる。

第四に、(商品の輸入にともなう)貴金属の輸出ではない貴金属の流出によって銀行の金属準備高が中位の最低限度まで減少する場合がありが、この程度は銀行券の兌換の保証などに関する立法などによる個別事情で任意に決められる。

第五に、国立銀行の貴金属準備の使命(といってもその使命は単独に果たされるわけではない)は三重であること。国際的支払のための準備金として、国内流通の膨張や収縮のための準備金として、預金支払いや兌換の準備金として、そして、これら三つは相互に影響し合う。また、純粋な貴金属流通と中央集権化した銀行制度のもとでは、預金支払いや兌換の準備金としての貴金属が国外へ流出すれば、1857年にハンブルグで起きたように恐慌が起きることがある。

第六に、現実の恐慌はいつでも為替相場の転回の後に、貴金属の輸入が再び輸出を超えた時に、初めて起きたことである。これは、1848年の事例が明白に示している。

第七に、恐慌が終わった後には、それぞれの国にある金銀の相対量は、その国が世界市場で果たす役割によって規定された元来の配分に従って分配されるということである。

第八に、貴金属の流出は外国貿易の状態が変化する徴候であること、またこの変化は再び恐慌へ向かって成熟しつつある前兆であること。

第九に、国際収支はアジアに順(黒字)でヨーロッパやアメリカに逆であることもあり得る、ということ。

貴金属の流入・流出は利子率の変化や信用取引に過剰に影響する。イギリスの生産は大規模だから、平均的に流通している金の量、(7000万ポンド)に比べればずっと少ない金の流出(経験的に最大でも500800万ポンド)が、生産に要する資本の量に与える影響は微々たるものであるのに、そうである。その理由は信用・銀行制度の発展にある。この信用制度は不安と表裏一体をなしているものだからである。

信用制度から重金主義への転換が必要である(第一部第三章で、支払手段としての貨幣機能の拡大つまり信用の拡大は恐慌の可能性を高めるから、重金主義が必要と述べている)。

信用は、富の社会的形態としての貨幣の地位を奪う。「生産の社会的な性格に対する信頼こそは、生産物の貨幣形態を、ただ一時的でしかないもの、ただ観念的でしかないものとして、単なる心象として、現れさせるのである。ところが、信用がゆらげば―――そうした局面は近代産業の循環では常に必然的に出現する―――、たちまち一切の物的な富が現実ににわかに貨幣すなわち金銀に転化させられなければならなくなる。それは気違いじみた要求だとはいえ、この要求は制度そのものから必然的に出て来るものである。<中略>それは資本主義体制の中ではじめて最も明確に、そして馬鹿げた矛盾と背理との最もグロテスクな形で、現れるのである。」

第二節 為替相場

{エンゲルスの挿入部の解説:(エンゲルスによる金利と為替相場と金保持量との関係の説明)各国の貨幣はその国では使用できるが外国では使用できない。しかし、貿易の場合には商品が国家間を移動するから、決済通貨の交換が必要になる。国家間の異なる通貨の交換比率、すなわち為替相場は、国家間での支払債務の比率が変われば変わる。例えばイギリスとドイツの貿易において、イギリスの支払債務が増加すると、イギリスの貨幣とドイツの貨幣の為替相場はドイツ貨幣高になる(ドイツの貨幣に交換する需要の方が、その逆よりも多いから)。ドイツ貨幣高は、為替でドイツ貨幣に交換するよりも金をドイツへ送る方が引き合うところまで進むから、金流出防策として金利の引き上げが行われる。それは金が流出する時は貨幣需要が供給を上回る時だから、当然の帰結となる。}

(以下省略)



第三六章 資本主義以前 

商業資本と双子の兄弟である高利資本と呼ばれるものは、資本主義的生産様式よりもずっと以前の様々な経済的社会構成体の中に現れる資本形態に属する。高利資本が存在するには、生産物の一部分が商品取引の対象となると同時に貨幣の様々な機能が発展していればよい。古代ローマでは、共和制最後の時代以降、高利資本が高度に発展していた。

家父長制的な奴隷制ではなく、後のギリシャやローマの奴隷経済のように、貨幣が他人の労働を購入する手段となる場合には、貨幣は資本となり、利子を生むものとなる。

資本主義的生産様式以前の時代に高利資本が採る特徴的な形態は二つある。一つは、浪費をこととする貴人、主に土地所有者への貨幣貸付、もう一つは、自分自身の労働条件を持っている小生産者(手工業者、自営農民)への貨幣貸付である。前者は富裕な土地所有者たちを、後者は小生産者たちを破滅させ、大きな貨幣資本の形成と集積とに通じる。(高利貸しの地位として残った)ローマの貴族の高利がローマの平民や小農民を破滅させてしまったとき、この搾取形態は終わりを告げて、純粋な奴隷経済が小農民経済に取って代わった。

ここでは、生産様式は変わらずに、生産者の最も必要な生活手段(後の労賃)を越えるすべての剰余、つまり利潤や地代として現れるものが、国家の手にはいるものを除いてすべて、利子という形で取り込まれる。さらに、高利貸しは剰余労働の搾取のみならず労働条件そのもの、つまり土地や家屋などの所有権をも奪う。これらのことは、資本主義生産様式が目指す結果ではなくてこの生産方式の出発点となる既成の前提であった。

高利資本は一方では、古代的および封建的富に対して転覆的破壊的に作用し、他方では、生産者がまだ自分の生産手段の所有者として現れているようなすべての形態を転覆し破壊する。

高利は、生産手段は分散されているのに貨幣財産を集中し、生産様式を変化させないで搾取し衰退させ、ますますみじめな条件のもとでの再生産を強制する。だから高利に対する民衆の憎悪は古代社会において最も激しかった。そこでは生産者が自分の生産条件の所有者であることが国民の独立性の基礎だったからである。

奴隷制でも封建制でも、生産様式がそのままで剰余価値が一層食い潰されている限り、労働者は一層苛酷な労働を強いられ、それを強いる奴隷所有者や封建領主は高利貸しから吸い取られ、ついには古代ローマの騎士のように高利貸しに席を譲る。昔の搾取者が行う搾取は家長的であったが、それは家長的なものが政治権力手段だったからである。だが、今では高利貸しが搾取者となる。しかし、生産様式は変わらないままに。

資本主義以前のすべての生産様式のもとで高利が革命的に作用するのは、ただ、高利が所有形態を破壊し分解するからである。アジア的な諸形態のもとでは、高利は、経済的衰微と政治的腐敗を引き起こしながら長く存続する。封建領主や小生産が没落し、労働力が資本のもとに集中するなど資本主義的生産様式が可能な条件が満たされてはじめて、高利は新たな生産様式の形成手段の一つとして現れる。

中世では一般的な利子率というものはなかったが、貨幣流通は少なく手形取引が未発達の状況で、支払手段が現金であったので借入は必要であった。教会は利子取引を禁止していたし、法律も裁判も貸付を安全にしなかった。従って、8世紀~18世紀までの色々な地方でさまざまな利息があったが、総じて利子は高かった。

高利資本は、資本の生産様式を持つことなしに資本の搾取様式を持っている。このことは、例えば利子率を比較する場合には注意が必要である。

高利は、消費的な富に比べれば、それ自身資本の成立過程として歴史的に重要である。商品経済が未発達なほど貨幣は支払手段の形態として現れ、貨幣が貨幣として必要とされるようになり、貨幣の機能は貨幣資本を発展させ、蓄蔵貨幣の所有者は利子によって貨幣を資本に転化させる。「高利はいわば生産の気孔の中に住むのであって、ちょうど、エピクロスによれば神々が世界と世界との間の空所に住んでいるようなものである。」

戦争によってローマの貴族は、平民に軍務を強制し従って労働の再生産を妨害して破滅させた破滅させた。同じ戦争によって貴族は、貸付分捕り品の銅(貨幣)を法外の金利で平民に貸し付けた、生活必要品は与えずに。そして貴族は平民を債務奴隷とした。カール大帝の治下ではフランクの農民がやはり戦争によって没落させられて、債務者から農奴になるほかはなかった。ローマ帝国では、衆知のように、飢饉のために自由民が子どもや自分自身を奴隷として富者に売り渡さざるをなくなることがしばしばあった。

以上は、一般的な転回点について述べた事例だが、個々に見れば、小生産者にとっての生産条件の維持または喪失は無数の偶然事にかかっており、この偶然や喪失が貧窮化を意味し、高利寄生虫が付着できる点となる。一度高利の虜になると再び自由は取り戻せなくなる。

借地料や年貢や租税などは支払期限があるから、古代ローマから近代に至るまで、高利は徴税請負人につきものである。商業の発展や商品生産の一般化につれて、購買と支払との時間的分離が発展すると、貨幣資本家と高利貸しとの区別がはっきりしない状態となることがあるのは、近代の恐慌時に証明されている。だが、この高利は支払手段としての貨幣の必要を一層発展させる手段となる、というのは高利は生産者をますます深く債務に陥れるからである。

信用制度の発達は高利に対する反作用として実現される。「このことが意味しているのは、利子生み資本が資本主義的生産様式の諸条件と諸要求とに従属するということ以上の何ものでもないし、またそれ以下の何ものでもないのである。」

資本主義的生産様式における利子生み資本を、高利資本から区別するものは、この資本が機能する諸条件が変化したということだけであって、決して資本そのものの性質ではない。財産のない男が信用によって借入が出来るのは、彼が未来の資本家に成り得るからであるが、資本による支配をますます強固なものにする。それは丁度中世のカトリック教会が、身分や素性や財産ではなくて人民のなかの最良の頭脳を登用したのは、聖職者支配と俗人抑圧を強固にする重要な手段であったようなものである。「被支配者階級の最も優れた人物を自分の中に取り入れる能力が支配階級にあればあるほど、その支配階級はますます強固でますます危険なのである。」

12世紀および14世紀にヴェネチアやジェノヴァで作られた信用組合は、高利による支配や貨幣取引の独占から開放されようとする海上貿易とそれに基礎を置く卸売業者との要求から生まれた。これらの都市共和国に設けられた本来の銀行は同時にまた公信用のための施設として現れた。国家はこの施設から徴収予定の租税を担保として前貸しを受けたが、その際には次のことを忘れてはならない。かの信用組合を作った商人達は自分たちの政府と自分たち自身とを高利から解放すると同時に、それによって国家を自分たちに従属させることに関心を持っていた、ということを。

17世紀初め頃には、アムステルダム銀行もハンブルグ銀行も純粋な預金銀行だった。オランダでは商業信用や貨幣取引業は商業や製造工業と一緒に発展し、この発展プロセス自体によって利子生み資本は産業資本や商業資本に従属していた(これは利子が低かったことに現れている)。17世紀のオランダは今日(19世紀)のイギリスのように経済的発展の模範国として認められており、貧窮を基盤とした古風な高利の独占はすでに覆されていた。

18世紀の全体を通じて、オランダに倣って利子生み資本を商業資本と産業資本に従属させようとするために、利子率の強制的引き下げを求める声が響き、立法もそれに沿って行動した。この主唱者はイギリスの株式売買業の父であり東インド会社の独裁者であるサー・ジョサイア・チャイルドだった。

17世紀の最後の1/3期から18世紀の初めのイギリスの銀行制度に関する全ての著述において、このチャイルドの著作に見出されるのど同様な主張、つまり高利からの商業や産業や国家を解放するという要求が見出される。また、同時に、信用や貴金属独占排除の奇跡的作用、紙幣の貴金属代位、等々についてのとてつもない幻想も見出される。

重農学派では耕作者は大借地農業者を意味し、サン・シモン(1760-1825)の学派では勤労者は一貫して労働者を意味しないで産業資本家や商業資本家を意味している。忘れてならないのは、サン・シモンは最後の著作で初めて労働者の代弁者として現れ、この会級の解放を彼の努力の最終目的として言明した。

忘れてはならないのは、「第一には、相変わらず貨幣(貴金属の形態での)が土台であって、この土台から信用制度は事柄の性質上けっして離脱することができないということである。第二には、信用制度は私人の手による社会的生産手段(資本や土地所有の形態での)の独占を前提するということであり、信用制度はそれ自身一方では資本主義的生産様式の内在的形態であるとともに他方ではこの生産様式をその可能な限りの最高最終の形態まで発展させる推進力だということである。」

資本の社会的性格は、信用・銀行制度の十分な発展によって実現される。この信用・銀行制度は資本の私的性格を廃棄するのであり、従って潜在的には資本そのものの廃業を含んでいるのである。

銀行制度は、貨幣が労働とその生産物との社会的な性格の一つの特殊な表現に他ならないこと、この性格は私的生産の基礎に対立するものとして常に結局は一つの物として、特殊な商品として、現れざるをえないということを示している。

最後に、「資本主義的生産様式から結合労働の生産様式への移行に際して」信用制度が強力な梃子として役立つ事は疑いの余地はない。しかしそれは限定的なものであって、「社会主義的な意味での信用・銀行制度の奇跡的な力についての諸々の幻想」は、信用・銀行制度ついての無知から生まれるのである。



中世の利子 (省略)

利子禁止が教会に与えた利益 (省略)