『資本論』カール・マルクス著(第三巻 資本主義的精算の総過程)
岡崎次郎訳 大月文庫
原則「 」は本文引用、( )は小生補記
第二篇 利潤の平均利潤への転化
ハニーブーケ |
第八章 生産部門の相違による資本構成の相違とそれにもとづく利潤率の相違
産業部門が違えば、資本の有機的構成の相違に対応して、また前述の限界内では資本の回転期間の相違にも対応して、利潤率が違う(第一篇第三章から容易に類推できる)。
一国の資本主義的生産体制における社会的生産関係は生産部面が異なっても同じだから、すべての生産部面で剰余価値率と労働日の長さが同じことを前提とする。
いろいろな国民的利潤率を比較する場合には、国民的剰余価値率の相違を検討し、次に国民的利潤率の相違を比較すれば良い。
第九章 一般的利潤率(平均利潤率)の形成と商品価値の生産価値への転化
異なる生産部門では資本の有機的構成も異なるから利潤率が違ってくるが、競争原理に基づいて一般的利潤率(平均利潤率)に平均化される。ある特殊な生産部面には、(ある種の、例えば高利貸しの利息のような)ある率に基づいて利潤が分配される。ある特殊な生産部面に特有な費用価格に、平均利潤率に基づいて分配された利潤を加えたものを、そのある特殊な生産部面における生産価格という。ここに商品価値が生産価格として展開されることになる(以下その説明)。
平均利潤率の算出とその意味。資本の量は同じで有機的構成が異なるが五つの違った生産部面ごとの「利潤率」の計算表は下記のようになる(すべての資本は年に一回転し、不変資本価値はすべて生産物価値へ移転した計算)
資本
|
剰余価値率
|
剰余価値
|
生産物価値
|
利潤率
|
|
Ⅰ.
|
80c+20v
|
100%
|
20
|
120
|
20%
|
Ⅱ.
|
70c+30v
|
100%
|
30
|
130
|
30%
|
Ⅲ.
|
60c+40v
|
100%
|
40
|
140
|
40%
|
Ⅳ.
|
85c+15v
|
100%
|
15
|
115
|
15%
|
Ⅴ.
|
95c+ 5v
|
100%
|
5
|
105
|
5%
|
ⅠからⅤまでの500の資本で110の剰余価値(=利潤)を得たのだから、資本100当たりの平均の利潤率(平均利潤率)は110/500=22%
500の資本の資本構成を平均すれば78v+22v
総生産物価値量をⅠからⅤまでの資本量100にそれぞれ割り当てれば122
(この表が基本。前提が変わっても平均利潤率は変わらない、とする意味を理解するのが肝要。ここでの費用価格は100で平均利潤は22、従って平均の生産価格は122=平均の商品価格、即ち全社会的に見れば、生産価値=生産価格)
※不変資本の内、費用にあてる分を生産部面ごとに想定してみた場合の事例
資本
|
剰余価値率
|
剰余価値
|
利潤率
|
消費されたc
|
商品の価値
|
費用価格
|
|
Ⅰ.
|
80c+20v
|
100%
|
20
|
20%
|
50
|
90
|
70
|
Ⅱ.
|
70c+30v
|
100%
|
30
|
30%
|
51
|
111
|
81
|
Ⅲ.
|
60c+40v
|
100%
|
40
|
40%
|
51
|
131
|
91
|
Ⅳ.
|
85c+15v
|
100%
|
15
|
15%
|
40
|
70
|
55
|
Ⅴ.
|
95c+ 5v
|
100%
|
5
|
5%
|
10
|
20
|
15
|
合計
|
390c+110v
|
110
|
|||||
平均
|
78c+22v
|
22
|
22%
|
※前表で、利潤率を平均利潤率としたときの事例。「商品の価値」と「商品の価格」の差の合計はゼロとなる(利潤を均等に分配したのだから当然そうなる)。
資本
|
剰余価値
|
商品の価値
|
費用価格
|
商品の価格
|
利潤率
|
価値からの価格の偏差
|
|
Ⅰ.
|
80c+20v
|
20
|
90
|
70
|
92
|
22%
|
+2
|
Ⅱ.
|
70c+30v
|
30
|
111
|
81
|
103
|
22%
|
-8
|
Ⅲ.
|
60c+40v
|
40
|
131
|
91
|
113
|
22%
|
-18
|
Ⅳ.
|
85c+15v
|
15
|
70
|
55
|
77
|
22%
|
+7
|
Ⅴ.
|
95c+ 5v
|
5
|
20
|
15
|
37
|
22%
|
+17
|
(改めて述べれば)資本家は、商品を売ることによって生産に消費された資本価値を回収するのだが、剰余価値(=利潤)は彼ら自身の生産部面で得るのではなく、社会の総資本によって生産される総剰余価値(=総利潤)から分配されるのである。利潤の分配は例えてみれば株主の配当のようなものであって、社会の総資本への参加の割合によって決まる。
第一部と第二部では商品の価値だけを論じたが、ここでは価値の一部分として費用価値が分離され、価値の転化形態として商品の生産価格が展開される。
労働の社会的生産力の高低は、労働者によって動かされる生産手段量に比例するから、社会的平均資本構成に比べて、より不変資本の率が高い資本を「構成のより高い資本」と呼び、その反対を「構成のより低い資本」と呼ぶ。
商品の費用価格は、その商品の生産に消費される諸商品の価値に等しくないことがありうる(商品の価格と商品の価値が一致いないことの裏返し)。
生産価格の変動は費用価格か利潤率の変動によるが、利潤率の変動は異常な経済的事件がないかぎり非常に長い時間を要し、費用価格の変動は比較的短い時間で商品価格の変動により起こる。
価値が生産価格(費用価格+利潤)に転化すれば、価値規定そのものの基礎は目に見えなくなる(すでに繰り返し述べられている)。「商品の価値はその商品に含まれている労働によって規定されているという事実は、もはやただこのように粗雑な無概念的な形で透いて見えるだけである。」
労働の社会的生産力の高低は、労働者によって動かされる生産手段量に比例するから、社会的平均資本構成に比べて、より不変資本の率が高い資本を「構成のより高い資本」と呼び、その反対を「構成のより低い資本」と呼ぶ。
商品の費用価格は、その商品の生産に消費される諸商品の価値に等しくないことがありうる(商品の価格と商品の価値が一致いないことの裏返し)。
生産価格の変動は費用価格か利潤率の変動によるが、利潤率の変動は異常な経済的事件がないかぎり非常に長い時間を要し、費用価格の変動は比較的短い時間で商品価格の変動により起こる。
価値が生産価格(費用価格+利潤)に転化すれば、価値規定そのものの基礎は目に見えなくなる(すでに繰り返し述べられている)。「商品の価値はその商品に含まれている労働によって規定されているという事実は、もはやただこのように粗雑な無概念的な形で透いて見えるだけである。」
第十章 競争による一般的利潤率の平均化 市場価格と市場価値 超過利潤
競争は、社会の資本を、平均利潤率が適用された生産価格となるように、すなわち中位構成の生産部面になるように、いろいろな生産部面に配分する。
(生産価格が(k+kp′)なのは、前述の最初の表と同じ考え方の表現で、kは費用価格、p′は平均利潤率)。
本来の困難な問題は、一般的利潤率への平均化がどうのようにして行われるのかという問題である。
(どのような生産部門間であれ、貨幣に換算される利潤の獲得を争うものである限り、競争によって一般的利潤率への平均化が進むという推測は妥当に思えるが、本来の困難な問題とは、その妥当性の証明のことだろうか?以降の原書で184~187ページの記述が、この本来の困難な問題の説明だとすれば判明ではなく、述べられている内容を一言で言えば、資本主義生産体制における商品の価値と価格の説明が再び繰り返されているに過ぎない)。
商品の価格は、商品の価値という重心を巡っての運動により平均化されたものである。商品の価格というものは、その価値に規定され、言い換えれば労働時間に規定されている。
「・・・とにかく価値法則は商品の価格の運動を支配する。他の事情が変わらなければ、商品の生産に必要な労働時間が減れば価格が下がり、この労働時間が増せば価格は上がる。」。
「いろいろな生産部面の商品が互いに価値どおりに売られるという仮定が意味していることは、もちろん、ただ、商品の価値が重心となって商品の価格はこの重心を巡って運動し価格の不断の騰落はこの重心に平均化されると言うことだけである。」
市場価値は市場価格の変動の中心である。市場価値よりも低い個別的価値を持つ商品は特別剰余価値または超過利潤を獲得する。市場価格より高い商品価値を持つ商品はそれ自身が含んでいる剰余価値の一部を実現することが出来ない。市場価値に代わって現れる生産価格(費用+利潤)もまた市場価格の変動の中心である。
価格がどのように規制されようとも次のことは明らかである(既述のこと)。価値法則は価格の運動を支配する(第一巻十七章 労働力の価値または価格の労賃への転化 参照)。平均利潤は、社会的総資本の可除部分としての与えられた一資本に割当たる剰余価値と同じ(平均利潤の考え自体なので同語反復)。競争が、市場価値と市場価格を同じ値とする。最初に一つの部面で、つぎにはいろいろな部面での諸資本における利潤率を平均化するような生産価格を生み出す(既述)。諸商品がその価値どおりに売られるのは、個別的価値が市場価値であるからで、そうであるのは、生産者たちの競争と市場があるから。
需要の原則を規定するものは、いろいろな階級の相互関係、労働搾取率、剰余価値の分配先に対する分配比率である。
商品が二面性(使用価値と交換価値)を持つということを、一つの部面全体の生産物として市場にある商品量即ち商品総量についても当てはめて考察することができる。商品総量の価値は市場価値に等しく、その生産に必要な社会的労働に等しい。「資本は、生産部面が違っても平均利潤が同じになるような、従って価値が生産価格に転化するような需給関係を作り出すのである。」
資本は不断の生産性の向上などによって常に超過利潤を求めてゆく。需要と供給は一致することが法則なのではなくて、常に需要と供給の不一致が生み出されることこそが資本主義的生産体制の法則なのである。平均利潤は、市場価値と市場価格の不断の不均等の不断の平均化である。
第十一章 労賃の一般的変動が生産価格に及ぼす影響
労賃が変化すればその分利潤が減り、労働が生み出す価値額は変わらず、平均利潤率は変化する。この時に、資本構成が社会的資本の平均である資本が生産する商品の生産価格は変わらないが、そうでは無い資本の生産価格は変わる。
社会的平均構成が80c+20v、労賃の上昇率が25%の場合に、資本構成がより悪い資本(50c+50v)とより良い資本(92c+8v)の事例が載っている。計算すれば分かるが(事例の計算は少し変[1]だが)結論は以下となる。
・社会的平均構成の資本では生産価格は変わらない(同語反復だから当然)
・資本構成が平均構成より良くても悪くても利潤は減少する
・資本構成が平均構成より良ければ生産価格は減少し悪ければ増加する
尚、労賃の上昇を商品価格の値上げで補うことは出来ないが(売れない)、それは、平均利潤率の考え、換言すれば競争によるからである。
社会的平均構成が80c+20v、労賃の上昇率が25%の場合に、資本構成がより悪い資本(50c+50v)とより良い資本(92c+8v)の事例が載っている。計算すれば分かるが(事例の計算は少し変[1]だが)結論は以下となる。
・社会的平均構成の資本では生産価格は変わらない(同語反復だから当然)
・資本構成が平均構成より良くても悪くても利潤は減少する
・資本構成が平均構成より良ければ生産価格は減少し悪ければ増加する
尚、労賃の上昇を商品価格の値上げで補うことは出来ないが(売れない)、それは、平均利潤率の考え、換言すれば競争によるからである。
第十二章 補遺
(省略)
[1] 80c+20v→80c+25vの場合、例えば資本の変化は105/100なので、単純に、資本構成は80×100/105c+25×100/105v(合計100)で良いのに、わざわざ(76+4/21)c+(23+17/21)vと表現する意味がわからない
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